こんにちは。大関です。
2024年のプロ野球は横浜DeNAベイスターズが日本一に輝きました。
前身の横浜ベイスターズから運営会社が変わり、横浜DeNAベイスターズになって13年目での優勝となります。
横浜DeNAベイスターズとなってからは初めての日本一です。
悲願の優勝だったと思います。
今回は横浜DeNAベイスターズのオーナーの『南場智子(なんばともこ)』さんに注目したいと思います。
お父さんがとても厳しく、早く自立したかった学生時代
南場智子さんの原点は個人的には幼少期にあると思います。
南場智子さんは自身の著書の中でも言っていますが、お父さんがとても厳しい家庭で育ちました。
父親が家に「今から帰るぞ」という電話を入れると、家の中に緊張感が走ったそうです。
そして母親は父親のお酒のあてを大至急作り、南場智子さんは帰宅した父親の横に座って指示が出たらすぐに動けるように待機していました。
そして父親が怒り出したらちゃぶ台をひっくり返し、手が付けられなかったそうです。
本当に厳しい昭和の家庭という感じですが、そこで自立したいという気持ちが強くなったのだと思います。
そして父親からは「女は勉強なんかしなくていい」という教育を受けていました。
この考え方も昭和の田舎にはあったものだと思います。
しかしこの考えに反発するために父親に隠れて勉強をしていたようです。
自立心と目標を立てて継続して努力をする素地が学生時代に出来上がっていたのではないかなと思います。
マッキンゼーから独立、DeNAの事業を軌道に乗せる
南場智子さんは母親の協力もあって父親を説得して東京の大学に行き、トップの成績をおさめてアメリカに留学をしました。
そして大学を卒業する時にマッキンゼーに入社していた先輩の紹介でマッキンゼーに入ります。
マッキンゼーは世界的なコンサルティング会社で、そこでたくさんの社長さんに南場智子さんはアドバイスをしていました。
そのアドバイスの中でネットオークションのプラットフォームを作るべきというものがありました。
それをある社長さんに進言した時にその社長さんから「そんなに言うなら南場さんがやってみたらいいんじゃないの?」と言われます。
コンサルタントとしての立場で経営を見ていた南場智子さんは、その言葉に衝撃を受けます。
自分が実際に経営をするということを全く考えてなかったからです。
この言葉がきっかけで南場智子さんは起業をするのですが、この言葉がなかったら今の横浜DeNAベイスターズがなかったと思うとすごい偶然ですね。
ただ一流のコンサルティング会社にいても、その経験が自身の経営に生かせるかというとそんなことはなかったようです。
しばらくDeNAは黒字化できない時期が続きます。
しかし南場智子さんの著書を読むと、この時期に後に経営陣に名を連ねるような優秀な人材と出会っています。
ただその時は赤字企業で、今ほど分かりやすく優良企業と認識されていなかったため、社員になった人の親が会社に乗り込んできたこともあったようです。
そんな困難も乗り越え、優秀な人材に囲まれてDeNAが作った「ビッダーズ」というオークションサイトは黒字化しました。
しかし同業他社のヤフーオークションの売上が1位で抜くことはできませんでした。
ただ次世代はモバイルだということを見抜いていた南場智子さんはモバイルで勝負しようと決め、「モバオク」を作ります。
このモバオクでモバイルの世界で1位になりました。
そして次はモバイルでゲームや情報を1つにまとめたサイトの「モバゲー」を作ります。
これは爆発的なヒットをおさめ、DeNAの名前を一気に広めました。
そして2012年からDeNAは横浜DeNAベイスターズのオーナーになりました。
ただこの時には南場智子さんは旦那さんの看護で社長業を退いていたので、その時社長をしていた『春田真(はるたまこと)』さんがオーナーになっています。
南場智子さんが横浜DeNAベイスターズのオーナーになったのは2015年からで、女性として初めて日本プロ野球チームのオーナーになりました。
横浜DeNAベイスターズはDeNAが親会社になってすぐは本当に弱小チームでした。
ただ13年で戦力を整え、日本一までこぎつけたと思います。
ということでこれからもWORKOUTを継続していきましょう。