花見の季節なので落語『長屋の花見』を紹介

ワクセル 嶋村吉洋も映画で表現したい花見の仇討ち

こんにちは。大関です。

桜が咲く時期になりいよいよ春です。

人の流れも活発になり、夏前の最後の体作りに励む人も増えると思います。

そして花見でお酒を飲み過ぎ、食べすぎるという落とし穴にはまってしまう人もいるかもしれません。

そんな時期ですが、春になると落語の『長屋の花見』という噺を思い出すのでご紹介します。

昔の日本は人と人の距離が近く、恐い人もいた

 

『長屋の花見』はある長屋の大家さんが住人に花見を提案することから始まります。

現代では大家さんと住人は挨拶をすることはあっても話すことや、ましてや花見に行くことは少なくなったと思います。

しかし落語が誕生した時代では大家さんと住人のコミュニケーションの機会は多く、しかも大家さんは恐がられる対象でした。

大家さんは生活に深く関わっており色々サポートもしてくれますが、愛想をつかれると生きていけないという存在でもありました。

なので噺に登場する住人はみんな大家さんに対して頭があがらないという態度です。

貧乏長屋が無理をして楽しもうとする花見

 

ただこの噺に登場する長屋は貧乏長屋で大家さんは花見を提案しますが、お酒はお茶です。

お酒がお茶と知らされ、「これじゃお茶けだ…」とがっかりした住人は「料理はいいものを用意してくれるのでは」と期待します。

しかし大家さんは「料理に出す金があったら酒に回す」と言って一縷の望みを断ってしまいます。

卵焼きは黄色い沢庵で蒲鉾は白い沢庵。

他の料理も全て代用されて安く済むようになっています。

桜の木の下に着いた長屋のご一行は花見を始めますが中々食事が進みません。

お茶なので酔うこともできず、食べ物は全て想定と違う味なので無理矢理自分に言い聞かせながら食事します。

実はこの状況に似たことを昔したことがあり、僕はとても共感してしまいます。

体作りを始めたばかりの頃、油っこいものを食べたくなった時に納豆をピザと思い込んで食べてみたことがありました。

ピザの伸びるチーズと納豆の伸びる粘りの糸を「同じものである」と頭の中でイメージしながら口に運びました。

例えイメージと違っても納豆自体も好きな食べ物なので満足するはずという保険もかけています。

結果はとてもまずく感じました。

頭の中で描いた味とあまりにも違う味を感じるととても不快になるということを体験しました。

しかしこの噺の住人は貧乏な中でも力強く生きています。

大家さんに「酒を飲め」と勧められた住人が大家さんに向かって「今年はいいことがあるかもしれません」と言います。

「なんでだ?」

「酒柱が立ってます」

花見の時期の飲みすぎ食べすぎに気をつけながらWORKOUTを継続していきましょう。