鬼才と努力が混じり合った人物 琴塚吉太郎さんとは

嶋村吉洋さん主催ワクセルと京都芸術大学

こんにちは。大関です。

今回はこんな風に努力の方向を一点に集中すれば、持っているポテンシャルを発揮できるという実例です。

動物画家の『琴塚吉太郎(ことづかきちたろう)』さんという人物について紹介します。

ニートになった琴塚吉太郎さん


琴塚吉太郎さんは1982年に京都に生まれました。

祖父は近代日本画家の『琴塚英一(ことづかえいいち)』さんで芸術家の素養はあったと思います。

若い頃は行動力があり、原付バイクで日本各地を旅していました。

そして絵を書くだけでなく芝居や落語など様々な芸術作品に興味も持ったそうです。

2010年にはフランスのパリに住んで絵を描き始め、2011年にはその時住んでいた愛知県長久手市の絵画コンクールで佳作を受賞しました。

33歳になった時に実家がある京都に戻りますが、ここからニート生活が始まります。

 

ニートから動物画家になった琴塚吉太郎さん

 


33歳で実家に帰ってからはずっと家で怠惰な生活をしていたようです。

何もしない生活は35歳まで続きます。

その時点で琴塚吉太郎さんはどこかに勤めるという経験もなく、ご両親は「働け」と言っていたそうです。

しかし琴塚吉太郎さんは働く気がなく、しかも「できたら誰とも話したくない」と思っていたそうです。

そんな状態なので究極的に「暇だ」と感じて日々を過ごしていたと言います。

ある日、祖母の遺品で2500円を見つけたそうです。

「この2500円を使って暇つぶしできないか?」と琴塚吉太郎さんは考えたそうです。

そこで思いついたのが京都市動物園で当時2400円で年間パスポートが売られていたということです。

琴塚吉太郎さんは「これで1年間暇が潰せる」と考え、毎日動物園に通って開園から閉園まで動物の絵を鉛筆で描き始めました。

どれだけ天気が悪くても毎日通って絵を描き続けるうちにみるみるうちに絵がうまくなっていったそうです。

そして現在では個展を開き、グッズを売って生計を立てているといいます。

さらに実家から動物園までの移動が手間ということで動物園の近くに引っ越して毎日描いていたそうです。

祖父が画家で芸術家の素養があったとしても、動物の骨格や体つきなど独学で学んで絵に落とし込むなど見えない努力も相当したといいます。

ジャイアントパンダの「良浜(らうひん)」を描くときは4か月間観察し描き続けて作品にしました。

琴塚吉太郎さんは暇つぶしができるという動機で絵が上達する前の下積み期間を乗り越えました。

WORKOUTでも、まだ体に変化が起こる前は下積み期間で一番大変な時だと思います。

そんな時も暇つぶしのためにやっているんだと考えたら意外と乗り越えられるかもしれません。

ということでこれからもWORKOUTを継続していきましょう。